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岩櫃城跡へのアクセス



岩櫃城の防衛構想

岩櫃城跡概要


岩櫃城跡は、実城、天狗の丸、橋台跡~出浦渕、殿屋敷と切沢曲輪、切沢善導寺跡、水曲輪と志摩小屋、上の宿(平川戸)、北側遺構、新井地区、そして出城である柳沢城(岩鼓の要害)と郷原城とで構成された複合城という形の城である。
非常に広い城域を要し、長い竪壕を各所に配置して誠に堅固な城である。城の構造上、実城と天狗の丸、橋台跡~出浦渕、殿屋敷と切沢曲輪、水曲輪と志摩小屋、上の宿(平川戸)までを本城域とし、北側遺構、新井地区、切沢善導寺跡を外曲輪と捉えることが出来るでしょう。そして出城として、柳沢城(岩鼓の要害)と郷原城で岩櫃城の弱点を補っていたと思われる。では、次に実城から解説していく。


 岩櫃城は、複合城で実城、郷原城、天狗の丸、柳沢城と配置して、進入路は不動沢を越えて追手バンショウ坂から進入する経路、切沢から進入する経路、在下から在上に登り平沢集落に抜ける経路、山田地区より谷間を抜けて平沢集落へ出る経路と四本の進入路が想定できる。
大きくは山田川、吾妻川が進路を遮断し、近くは切沢、不動沢が敵の侵入を阻んでいる。守に易く、攻めるに難い難攻不落の城である。また、吾妻の地は狭い谷間に位置していて、大軍を展開するには非常に不向きな地形である。また耕作地も少なく、敵地で食糧を確保する乱取りも期待できない。兵站についても、軍を集中できず長くなってしまうだろう。したがって、攻める側としては兵糧の確保と、陣を張る場所が一番の課題となるでしょう。

難攻不落の岩櫃城


岩櫃城跡の主要部分

出丸と城下町部分

祢津志摩守の屋敷跡

コニファーいわびつ周辺

不動尊、観音山

岩櫃城の西を守る支城

真田氏諜報の拠点

岩櫃城追手道の検証