HOME > 鷹繋城跡

鷹繋城

鷹繋城へのアクセス

鷹繋城跡縄張図

鷹繋城(須賀尾城)

場所:群馬県吾妻郡東吾妻町大字須賀尾字城山
城域解説
 須賀尾地区の酒屋さん、かどやから浜米場に向い永福橋の先から山に入り尾根上を登っていくと城址にたどり着く。城域は主郭と堀切を挟んだ小曲輪がある。

山頂部分

 この山頂部を中心に、南北に数段の曲輪がある。北側には堀切が見られる。

ピークの手前


 ピークの手前は、岩場となっている。

南に延びる曲輪

北側の堀切


 城の広さを考えると、おそらく物見と狼煙台といった役割であろう。この城の東北側は温川を挟み信州街道(万騎峠)が、南西側には栗平から抜ける間道(栗平峠)が有り、街道を押さえる要衝に位置している。この城の頂上に登れば、万騎峠(信州街道)が良く見えこの城で監視して麓にある丸山城へ連絡したものであろう。また、長野原に抜ける草津街道も途中より分かれる。この万騎峠は、別名卍峠と言われ、鎌倉の頃右府源頼朝公が、那須、三原野の狩の時鎌倉に帰還する時越えてきた峠である。「この時行列に獣が人に化けて紛れ込んだので、兵士の額に卍を墨で書いて峠をこえたので、卍峠という。峠を越えてから川でみな顔を洗ったので、素顔(須賀尾)という。そしてみなが川で顔を洗い、川の水がぬるくなったので、温川という。」という伝承がある。真実はどうであれ、こういう伝承を聞くとおもしろい物である。
 また城の見学に当たっては、イノシシ、カモシカの糞とうあり、熊も出没するので注意して山には行って下さい。特に、春は熊に注意が必要です。


城の沿革

 天正の頃の築城で、大戸氏の家老が拠った城であるという。また一説によると羽尾氏の城とも言われ、大柏木の羽田城と共に海野氏の伝説がある(吾妻郡略記、吾妻記、再編吾妻記)。しかし、詳細については詳らかでは無い。