千九百石級までの着到を載せました。

 陣触があれば、各国人は着到の人数をそろえ出陣する。戦国時代は兵糧は自弁であるから、各個人3日分の腰兵糧を腰にぶら下げ、さらに集合場所までの食料や馬の餌、消耗品をそろえなければならない。普段から相当質素な生活を送っていなければ、陣触に応じる事はできなかったのではないでしょうか。着到すると、幕注文に記入してもらい時には着到状を発行してもらうと言うことになる。食料は一人一日五合支給されたという、ただし戦国時代には食糧が不足がちであったので、現地調達(略奪)や銭があれば商人から購入したのではないか。

 ただ、安土桃山時代から江戸時代初期の「小田原の陣」や「大坂の陣」においても食料が足らなかったという記録も残されている。戦役が大きくなればなるほどお金が掛かり、上記の陣においては現代に換算して数十億円の戦費が掛かったことでしょう。当時の大名やその家臣、戦役の首謀者なども大変な出費になっていたようです。

 「奈良時代から戦国時代の軍装」において、一貫文は現代に於いて米の値段で換算すると、¥72,000~¥120,000と言うことで例に挙げた後北条氏50貫文の着到に於いて、¥3,600,000~¥6,000,000位の収入という計算が成り立つ。この年収で5名の従者を従えて戦場に向かわなければならなかった。なんとも過酷な時代であったと感じるのは、私だけでしょうか。

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